人生の意味を探す人へ贈る積極的ニヒリズムのすすめ。

こんにちは、小野寺慎(@shin_onodera)です。
大学生活も折り返しということで、”THE大学生的な生活にも飽きてきました。
飲み会・サークル・恋愛・・・。所詮これらの娯楽は経済を回すための用意された娯楽でしかありません。飽きるのも当たり前で、皆さんも遊び歩くのに飽きてませんか?
それに大学生2,3年生ならだれでも進学・就職に関しても考えなくてはいけないし、遊んでばかりもいられない。んで、遊ばないと一人の時間が増えて、考え事も増える。

考え事をすると大抵の場合、最終的には「人生の意味ってなんだろう」的な答えのない問いについて考え始めて時間を無為にしていくわけで。中々しんどい時間になる。
勿論そういう時間も自分を探るうえで欠かせないので、決して無駄ではないけれど、そしてそんなことは知っているけれど、変化の無い日々に焦りもしますよね。

そんな僕と同じ悩みを持つ人にこの記事を捧げます。

「人生の意味は分からない」んじゃないのか?

「人生の意味とは何でしょうか?」
こんな質問を質問サイトでたまに見かける。大抵の場合は、「人生の意味を探すのが人生!」とか「人生に意味なんてないですよ。」とか「そんなこと考えてるなんて暇ですね。」なんて回答ばかり。

なんなんだ。

まず、人生の意味を探すのが人生ってなんなんだ。
例えば受験勉強は受験勉強の意味を探すためにやるのか。大学に入るためにやるんじゃないのか。
人生に意味ないのかよ。なんでそう言い切れるんだよ。必死に考えた人間はそんなこと軽々しく口にしないだろ。
人生について考えるだろ。考えないと生きていけないだろ。


人生の意味なんて誰にもわかるわけないし、たとえ神(がいたとして)に人生の意味を教わったって納得するわけない。
そもそも意味があるのか、ないのかすら誰にもわからないのだ。キリストだって、仏陀だって、ロックもバラードも人生の意味なんて教えてはくれない。


「考えても考えても人生の意味なんてわからないよう。ふええ」が僕たちの前提だと思う。

というのが、僕の考えです。もし僕と同じ考えを持つ人がいればこの先読み進める意味があるかもしれません。違う考えの人もぜひ読んで。結局のところ、他人の考えを聞くことってあんまり無いですし。

人生について考え続けると疲れる。

人生の意味について時には、真理を悟ったような気持になることもありますよね。
心から楽しい時とか、達成感を感じたときには、「これが人生だ!」ってなるんですけどね。
1か月もするとまた迷いの袋小路に入り込んでます。
人生について考え続けて、真剣にな態度を続けると疲れる。どっかで妥協しなくちゃいけない。
大物になりたいが、失敗は怖い。
金持ちになりたいが、努力はほどほどでやめたい。
日々の生活で考えるべきことは他にも沢山ある。

人生(仮)をとりあえず自分で決めて、それを点滴のように体中に染み渡らせることが必要。

「人生の意味など無い!だがそれでいい!」なふりをして生きる。

人生の意味を探し続ける人、僕は勝手にシーカー(seeker)と呼んでますが笑、は誰よりも真剣に人生を生きている。熱い人です。でも人生の意味を考えることに費やすエネルギーは半端でなく、他のことに使うと爆発的な成長を生みます。

僕の結論は「人生の意味なんてない!だがそれでいい!」と大声で言いながら、人生に縛られず生きる。という事です。人生の意味はわからない、という態度を持ったまま生きることで挑戦的に生きることができる。


人生の意味を求めて生きるというのは、正解を求めて生きるという事です。
正解を求めるという事は、失敗を恐れるという事と同じです。それでは行動することが出来ません。
行動しなければ意味を成すことは無い。陳腐ですが、まずは行動という事です。

「人生の意味は無い」と仮定することで、一旦疑問をわきに置いておくことでとりあえずは行動してみる。恐らくは1年か、10年か経てばまた人生の意味を模索せずにはいられなくなるかもしれませんが、その時はその時。

成長した未来の自分へのタイムカプセルだと思って「人生の意味とは?」という問いに応えるという事を先延ばしにしてみましょう。
ちなみにYES MAN”という映画で人生論的な場面が出てくるのでぜひ参考にしてみてください。

名作映画「イエスマン~”YES”は人生のパスワード~」に学ぶ本当のテーマ

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