労働について大学生の間に考えておく。


ここ数年は売り手市場(=就職者優位)だと言われています。
就職するチャンスが十分にあるということです。この傾向は恐らく2020年東京オリンピックまでは続くのではないでしょうか。
こういう嬉しい話をされると、僕も含め多くの大学生が「じゃあ就職のことはまだ考えなくていいや。」とつい考えてしまいます。果たしてそれで良いのでしょうか?

自分が仕事というものに何を求めているのか。またその求めるものを手に入れるにはどのように職場・業界で振舞っていくべきなのか。今のうちから考えておくことで、今後の人生の幸福度と言うものがかなり変わってきます。
ということで今回は日本人の労働に関する歴史を交えながら知見を共有していきたいと思います。


日本人の勤労観について

まずは現代の日本人の勤労観のルーツについて探っていきたい。
僕たちの勤労観(=世間一般に浸透している勤労観)はいつ作られたのだろうか?
またどのようなライフスタイルがその勤労観を作り出したのだろうか?
その疑問の答えとなるキーワードはやはり「農業」だ。縄文時代後期から現代にかけてまで、日本列島中で農業は行われてきた。その農業の在り方が今の勤労観に多大な影響を与えている。

農業を主な基盤として暮らしていたのは日本人だけではない。
ヨーロッパ諸国の人々も農業・酪農を行っていた。ではどうして働きづめの日本人と、長期休暇で悠々と暮らすヨーロッパ人という差が生まれたのだろうか。
それは僕が思うに「東アジアとヨーロッパの気候の違い」と、それによる「農地の性質の違い」が原因である。


日本的農業の始まりと発展

日本列島で農業が開始されたのは縄文時代後期とされている。
農業の始まりは雑草を取り除き、移植したことである。私たちの祖先は雑草を取り除くことで、より多くの雑穀や根菜類を得ようとした。この行為は極めて示唆的だ。雑草を取り除くといった行為はまずヨーロッパでは行われていない。
この雑草を取り除くという作業が僕らの勤労観の根本にあるものということだ。

東アジアの気候は湿潤・温暖で植物の生育にとって最適である。どんな植物もすくすくと育ち、人々の腹を満たしてくれる豊かな土地だ。
このことはその土地に住む人間にとって喜ばしいことだったが、同時に困難を生み出した。雑草である。あまりに植物の生育に適した気候なので農地をどれほど美しく整備して、作物の種を植えても作物よりも先に雑草が繁茂してしまう。
毎日毎日、繁茂する雑草を取り除き続けることでようやく作物を得ることが出来る。
怠慢は決して許されない。雑草を放置しておけば、作物に栄養は行き届かずに枯れる。一つの農地で雑草が繁茂すると、そこに虫が湧き周囲の農地に害を為す。
そうして家族、あるいは集落全体が飢えに苦しむことにつながる。だから集落内で徹底的に監視を行い、連帯責任で農業を行ってきた。
そうして尋常でない労働の下で豊かな自然を享受してきたのだ。
アジアの大地は手間をかければかける程、豊かな食料を与えてくれた

こうして生まれたのが一所懸命的価値観働かざる者食うべからず倫理観である。労働こそ美徳なのだ。この勤労観が高度経済成長を支えた。
(ちなみに集落内の雑草チェック文化の名残が現代のSNS監視文化につながっていると思う。まあ僕の個人的な主張ですが。)


今の勤労観・社会の中でどうやって生きていく?

ということで現代日本の社畜文化は古から続く農業がプロトタイプになったっていうことですな。
そういう歴史は教養として楽しいとして、僕らにとって大事なのはその勤労観で覆われたこの日本社会をどうやって生きていくかっていう事ですよね。いろんな方がこの話題について頭をひねって、多くの素晴らしい知恵を残していってくれています。今回はそれらを良い感じにまとめた知見を共有していきたいと思います。


労働者は自分の時間・体力・気力を金に換えている

これはそのままの意味で、労働者は自分という資源の一部を企業に提供することで賃金を得ているという事です。
これは二つのことを意味しています。
一つ目は働くことを止めたら、収入を得られなくなる。ということ。
二つ目は自分の消費する資源に収入が比例する、つまり給料が上がるという事は企業に対して供給する自分の時間・体力・気力が増えるということ。

働けば働くほど給料は増えるが、働けば働くほどストレスや疲労が蓄積し、その回復のために金を使わなければいけなくなるということ。
つまり誰かに雇われる労働者である限り、労働をし続けなければならないのです。もちろん、働くことはやりがいを与えてくれるし、悪いことではありません。
しかし、今の自由な時代において人生の大半の時間を誰かに使われることで消費するのはもったいない気がしますよねえ。労働の形を少し変えるだけでもっと幸福な人生を送れるような気がしませんか?


働かされるだけの労働者を卒業する

労働者の生活は中々悪くない、と多くの人は言う。
しかしどんな企業もふとした拍子にブラック企業に代わってしまうかもしれないし、人事異動で激務に投入されるかもしれない。そうしたときに同じことを言えるだろうか。
働かされるだけの労働者から卒業するには、自分の資産を作ることが不可欠になる。事業の素になるいわゆる「種銭」だ。
僕らが新卒で晴れて労働者になった時にはこの「種銭を作る」ということを念頭に入れておきたい。
種銭の作り方はいくつかの方法があるが、僕が納得した方法を共有したい。


種銭を作るには?ある種の回答と考え方

その方法とは基本の業務をマスターして、その業務をやり続けること
4,5年も同じ企業・役所に勤務していると、昇進の誘いがかかることがある。昇進すれば勿論、給料UPが望める。しかし慣れない業務をやることになるため、気力・体力をそれまで以上に消費することになるし、責任を負わされ、概ね業務の量自体も増えることになる。
その点、一旦昇進を断って同じ業務をやり続ければ作業効率が高まり、自分の仕事に対する資源消費が抑えられる。そうして資源の消費を抑えることでストレス発散のための余計な出費を抑えることができ、自然と「種銭」を貯金できるというわけだ。

それだけではない。仕事を楽にこなせるようになると、種銭が貯まると同時に時間にも余裕ができてくる。その時間にブログを書いたり、アプリ開発をしたり、サロンを設立したりして、副業のシステムを作り上げることを目指す。
そうして種銭を貯める。→種銭で副業に投資をする。→種銭が貯まる。→…とサイクルを生み出すことが出来る。

副業で十分に金を稼げるようになった後は、仕事を辞めるもよし。そのまま続けるもよしという事になる。
現状の仕事以外に十分に収入を得られる場所ができていれば、職場で何があろうと大した問題ではなくなる。無双状態だ。
そこを僕らは目指していくべきなんじゃないかなあと、僕は思うわけです。


まとめと追記

僕も大学生活の傍らで種銭を貯めようとしています。
最初はこのブログもアフィリエイトでお金を稼ぎまくろう!と思って作ったんですが、ブログ記事を作るのって本当楽しくて、広告の付け方わかんなくて
なのでバイトとせどりで種銭を作る日々です。
せどりはやってみると意外と面白い。具体的に言うと独自の戦略を考えたり、王道のセオリーを踏襲したりと工夫の余地が多いところが面白いです。
例え「せどり」という陳腐な手法でも、自分のビジネスを持つという事は楽しいな、という事を実感できて良い経験です。せどりのコツは腐るほど世の中にあふれているので、皆さんもぜひ興味あればやってみてください!

※せどりのセオリーは色々あるんですが、大学の教科書を用いてせどりするのが個人的には良いんじゃないかと思って、今研究しているところです。
せどりなど副業について何か面白い発見があったら共有していきます!
それではまた。

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