何もかも変わって当たり前。だったら変わろう。

僕が大学に入りたての頃、はてなブログ時代に書いたエントリから加筆修正をして転載したものです。

忙しい時、もしかするとあなたはこんな感じかも…?
でも人によって・場合によってははその逆もあり得る。

   

   

  

あなたもこんな言葉を聞いたことがあるかもしれません。

「忙しいという言葉は心を亡くすと書く。だから使わないほうがいい。」
これを聞いてあなたはどう思いますか?

なるほど!と思うならそれに越したことはないです。他人の意見を素直に受容できるというのは重要なスキルの一つだと個人的には思います。

ですが僕は残念なことにこの言葉に納得できません。
だって忙しい時って心が生き生きするんですよ、僕。
のんびりが好きな人ももちろんいますが、僕のように忙しい生活が大好きな人も多くいるはずです。

他にも例えば、「忘れる」っていう言葉も字面としては心を亡くしてますよね。
なんならこっちのほうが見るからに心を亡くしてます。
でも別に何を忘れたって心なんて死んでないじゃないですか。

恩師の命日とかね、単位を取ることとかね。結構忘れますよね。
むしろ忘れたほうが楽なことも多いかもしれません。トラウマとか。
僕は前の彼女と別れる際に罵詈雑言を吐かれまくった事とか、従兄弟の結婚式で飲みすぎて食べたばかりのフレンチをそのまま吐き出してしまった事とか、全然忘れてませんが思い出すたびに、心がお亡くなりになるのを感じます。
むしろ忘れられた方が絶対幸せでしょう。

何を言いたいのか分からない文章になってしまいましたが、僕が言いたいのは”昔の習慣や常識に従うことはそれほど重要ではない”ってことです。

例えば今話したような漢字。これの発祥は3300年前です。くそ昔です。
3300年前なんて、かの有名な徳川家康も”人生は重き荷を負うて〜”とか人生を語れないくらい前です。だって3300年前とか徳川家康どころか戦国時代が生まれてないですからね。

昔に思いついたアイデアや常識っていうのは沢山あって、今も僕たちを縛り付けています。でも本当はそんな昔に思いついたアイデアに振り回されても意味がないかもしれない。

例えばよく言われる“他人に迷惑をかけてはいけない”なんて日本国民のほぼ全員が農業を営んでた時代の常識です。
村の誰かが農業を休むと、他の田圃にも雑草が広がり、虫が湧いて収集がつかなくなるから他人に迷惑をかけてはいけないのであって、現代においては別に働かない人が居てもなんの問題もありません。
身体や精神を病んで働けない人がいても、僕を含めた沢山の人々が頑張れば良いだけです。
遥か昔の常識の名残が本当の意味で人の為になるかなんて誰も分かりません。

人間の進歩は分進秒歩です。一瞬前の世界と、今この瞬間の世界は全くの別世界です。そんな時代に変わることを恐れてどうしますか。

釈迦も現代にタイムスリップしたら
「諸行無常。とは言ったものの…世の中かわりすぎじゃね?」って言いますね。確実に言うと思います。
それくらい物事は変わりまくってます。

変わらずに伝承していくということも素晴らしいことだと思いますが、変化することも同じように素晴らしいことです。

だとすれば勇気を出して、なりたい自分に変わってみるのも悪くないと思いませんか?

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