「ありのままの自分を受け入れる」よりも「俺ならできる。」

僕が大学に入りたての頃、はてなブログ時代に書いたエントリから加筆修正をして転載したものです。

ソクラテスの像。
満足している成長の無い者より、不満なソクラテスの方が良い。

  

  

最近は心理学ブームですね、ドラマなどでも心理学が主題になっているものを多く見かけるようになりました。
そのブームの中でよく聞く言葉が、
「あるがままの自分を受け入れる」 「自分を認めてあげる」という言葉です。
これらの言葉は素晴らしいことを言っていると思う方もいると思いますし、
僕もこの言葉の意味を理解できます。が…

本当に心からあるがままの自分を受け入れられる人なんてほとんどいないとおもうんですよ。

だからこの言葉を素直に実行に移せる人は、もともと自己肯定感が高いんじゃないかなと思います。あるがままの自分を受け入れられるならそもそも困ってないわ、夜中に泣かないわ!
って話なんですよね。

ちょっと話が変わるかもしれませんが、
僕はほら、お腹が緩すぎる人間じゃないですか。
大事な集まりの途中で下痢してトイレに小一時間とどまる人間じゃないですか。あと緊張するとおかしなことを言って周りをドン引きさせちゃう人間じゃないですか。

例えば高校生の時にダブルデートをしたんですけど、そういう性格のせいでその時の女の子にくそったれって罵倒されて、3人を残して僕だけ弾かれて家に帰ったこともあります。
その日もちょっと下痢してて、本当にくそったれだったので反論の余地も無いし、断腸の思いで帰路につきました。
まあ本当に断腸だとウ○チ漏らしちゃうんでね。比喩なんですけれど、本当に悲しかったです。

そんな自分を受け入れろと言われても僕はまだ受け入れられないですね。
なので僕は大事なタイミングで緊張しないように普段から人前で話すようにしたり、自分をすごい人に見せようと見栄を張らないように頑張っております。
自分の事を受け入れられるように、逆にこんな自分で良かった!と思えるように日々努力していきたいと思っています。

能天気な僕ですら自分の事を無条件に受け入れられないくらいですから、僕よりももっと強い決意で成長したい!と思っている人は多くいるでしょう。

そんな人は無理をしてありのままの自分を受け入れるよりも、「私ならできる!変われる!」と自分を奮い立たせるほうがいいと思います。

“ありのままの自分を受け入れる”という自己肯定よりも、”自分ならやれる!成長できる!”と思える自己肯定の方がずっと素晴らしいように感じます。

少なくとも僕は朝に時間が無いのに、迫りくる腹痛の中で「自分を超えろ!できるぞ俺なら!今こそ変わる時だ!!」と踏ん張っています。

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